VTuberというものを最近見始めました

最近バーチャルYouTuberを知りました。好きなVTuberや思っていることを正直に書ければと思います。

1ヶ月経って。

みぃちゃんが引退して1ヶ月がたった。

今日チャンネルもなくなった。

私自身はみぃちゃんがいなかった時の生活に戻りつつある。

時々寂しくなることもあるけど、それでも前に進んでいかなくてはならない。

私はみぃちゃんのグッズ、データ、記憶、色々な形でこれまで残した。

これらは自らを過去の思い出で縛るためではなくて、頑張れなくなりそうな時に癒してもらおうと思って残したものだ。

みぃちゃんも頑張っているんだから私も頑張らないといけない。みぃちゃんと出会う前の自分と比べると随分ポジティブで意欲的になれてるなと感じる。そういう意味でもみぃちゃんにはとても感謝してる。

来月にはもっと良くなってると思う。

 

そういえば最近気になっているVtuberさんを見つけた。私の感性に結構近い感じがして見ていて心地よくなる。

もう少し知れたらここでも紹介したいと思う。

それにしてもフォロワーのみんながどうやってこんなに色んなVtuberさんを見つけているのか気になってしょうがない。

泣いてばかりはいられないぞ。今年の目標。

この記事を上げてる時にはもうみぃちゃんはいなくなってしまっている。

心が締め付けられるほど悲しい。

でも立ち止まってはいけない。みぃちゃんだって頑張っているんだから私も頑張らなくては行けない。

みぃちゃんと出会って推しを作ること、応援をすることがとても楽しいことだとわかった。

心の底から応援できるVtuberさんをこれからも見つけて、新しい推しとみぃちゃんのグッズを並べて飾ることを今年の目標にしようと思う。

また誰かの配信の活力になって貰えるようにこれからも推し活を続けます。

 

ありがとうの気持ち

私の一番の推しが引退した。別れは突然と言うけど、これだけ熱を上げて推していたから私だって色々分かってくることがある。彼女の最近のプライベートでの多忙さ体調面などを加味すると、もしかしたらこういう日が近く来てしまうのではないかと薄々感じながらもいつも通り変わりなく推してきた。

今日はみぃちゃんがどれだけ可愛かったか、好きだったかなんて書かない。沢山ここでも書いてきたし伝えてきたと思ってるから。

みぃちゃんから引退の言葉を聞いた時あまり驚きもなかったし、唯一の推しとの別れでもあるのにも関わらず自分が冷静で居られたことが意外にも感じられた。

みぃちゃんは昔配信で自分自身の去り際の美学を語っていた。辞める時は突然辞めますと言うと。私の聞き間違えではなければ、配信終了後ツイートで突然やめます的なことを書くと言っていた気もするが。私は最初その言葉を聞いた時えっ?と思ってしまったが、後から考えると、寂しい気持ちでお別れしたくないというみぃちゃんの気持ちと、私たちに最後まで自然に楽しんでもらいたい気持ちから来るものであったのかなと思うようになった。

そして今日の出来事があった。寂しい気持ちはもちろんあるし、別れたくなんてない。

でも最後までみぃちゃんはみぃちゃんらしく突き通してくれた。最後まで私の好きなみぃちゃんであった。私はそれが凄く嬉しいし好きでいてよかったと思えるものだった。

暫く悲しみに暮れるだろうけど、後悔はない。私だって単推しを突き通した。全力で推してきたと胸を張って言えるから。

だけど今日は少し泣きます。これは後悔ではなく寂しさによる涙。それくらいはみぃちゃんも許してくれると思う。

今まで本当にありがとうございます。身体には気をつけてこれからも自分らしく歩んでいってください。

神宮司みどりさんと出会って1年が経ちました。改めて今の気持ちを話したい。

お久しぶりです。
早いものでみぃちゃんと出会ってから1年が経ちました。
この1年私の仕事環境も大きく変わり、多忙を極める1年でありましたが、みぃちゃんの存在が私を精神的に和らげてくれていたことは間違えないです。
1年間とても幸せな日々を過ごせました。
こんなに長く続く推し続けるとは思わなかったなんてことは全く思いません。みぃちゃんの人柄、顔、
声、全てが私にとって最高のVtuberであり、このようにずっと大好きであり続けることは必然的であったから。
満足に配信が出来なかった時、すごく焦りを感じていた時も私にとって大切な思い出です。そういう時でも常にあまんてべるでを楽しませようとしてくれたこと忘れていないですよ。
私は、出会って1ヶ月後に書いたブログにて、"みどりちゃんは物凄く人のことを思いやれる方なんだと思う。"と述べた。1年経ってもその気持ちに変わりはありません。むしろどんどんその気持ちが強くなっています。
たまに、みぃちゃんがすごくいい子で輝いていて、自分の心の醜さと比べてしまって自己嫌悪に陥ることがあります。それと同時に、私自身も変わらないといけないなと思うようになりました。みぃちゃんに出逢えて、自分見つめ直すための良い影響を沢山受けています。これは大袈裟では無いです。

最後にみぃちゃん自身気づいているかは分からないけど、最近方言が凄く良く出るような気がしています。配信に慣れてきたというのもあるんだろうけど、あまんてべるでとの絆が深まっている証拠でもあるような気がします。
2年後の今頃にはもっともっと好きなところを見つけられていると思います。そして叶うなら今よりもっと仲良くなっていたら嬉しいです。
これからもよろしくね。

今日通話して思ったこと。

人によって最推しは様々だと思うけど、私は運命的に最推しのVtuberさんがみぃちゃんであった。彼女は配信やTwitterを通して我々に幸せを与えてくれる。私たちはコメントやリプライ、ファンボックスなどで彼女を応援する。
私はみぃちゃんの配信の素晴らしさ、ファンボの素晴らしさを何度もこのブログを通じて述べてきたが、時が経つにつれ、それが当たり前のように感じてしまうことがある。
今日私はみぃちゃんとファンボックスの特典である通話を行ったのだが、冷静に考えるとものすごい贅沢、というかとんでもないことをしていると実感するのだ。
私はVtuberというものは距離が近いアイドル的存在だと思っていて、今もそういうものだと思っている。コメントをすると反応が返ってきたり、リプライするとたまに返信が来たり。会話するなんて夢のまた夢であると。実際そう言うVtuberを推している人は沢山いるだろうし、その人が恵まれてないなんて絶対に言えない。私もそういうVtuberさんを推しとして見てきた過去があるし幸せも感じていたから。
ただ、みぃちゃんを最推しとして見始めてから配信は毎日のようにしてくれる、コメントはいつも拾ってくれるし、リプも毎日してくれる、たった1500円のファンボに入るだけで日記も見れるし月一で会話までできる。最近はみぃちゃんからTwitterにリプ来たから寝ようとか、ディスコの会話忘れてたとかあまりにも日常化しているけど、いやいやいつも画面で見てるみぃちゃんとやり取りしてるんだぞ、他のVtuberだったら一生叶わないかもしれないことをしてるんだぞと。昔Vtuberのイベントで推しと会話して涙を流したという趣旨の記事を見たことがある。そんなことを当たり前に今できていることに私は恵まれすぎていると感じるし、もっと話したいとかもっと知りたいとか考えてしまう贅沢すぎる願望を無意識で持っている自分自身にもう少し慎ましくしろと喝を入れたくなる。
こうやって冷静に自分の置かれている環境を見つめ直し、いつも幸せを与えてくれるみぃちゃんには、敬意と感謝を改めて送りたい。月並みな言葉になってしまうけどずっと応援してます。

最近の悩み

悩みを聞いてください。
在宅が終わり早2ヶ月が経とうとしています。
忙しい日々が戻りつつあり、最近は推しの配信まで起きられずにいることも度々あるのが悩み。こんなにも配信が楽しみなのに起きていられない、今日も見れなかった...と朝ブルーな気持ちになるこの頃です。
アーカイブは私の疲れた心を癒してくれますが、生配信の魅力には到底敵いません。
動画内で面白いことが起きた時コメントができないことに少しだけ寂しさを覚えることもあります。もちろんクリアした時の喜びもお互いに分かち合えることもできません。
私は推し活のために仕事をしていると言っても過言ではなく、それだけウェイトを占めています。
推し活をする為に仕事してるのに、仕事が弊害になっていることに私はなんの為に働いているのだろう、とそんなことを考えてしまったりします。
だからといって仕事を辞める度胸もないし、そもそも辞めたらファンボ代払えないし。
最近時間が合わず大好きな参加型にもほとんど参加出来ていません。割と色々詰んでる気がするのですが何とか時間を見つけてこれからも推し活していきたいと思ってます。

直接お話して気持ちを伝えたかったこと

みぃちゃんと2回目の通話をしました。
柄にもなく死ぬほど緊張して上手く話せなかったわけだけど。
まぁそれは置いといて、今日通話の最後にちょっと心残りだったモヤモヤをみぃちゃんに話しました。
最近精神的に不安定なことがあって自分勝手なツイートをしてしまったことがあり謝罪をしたのですが、どうしても心の奥底にツイートをしてしまった自分への嫌悪と相手への申し訳なさが残ってしまっていてこの機会を使って打ち明けました。
文字ではどうしても伝えきれない思いを直接言葉にして相手に届けたかった。しつこいって思われるかもしれないけどわがままを許してくれたみぃちゃんに感謝の気持ちでいっぱいでした。
この通話の使い方が正しいものかは分からないけど、今日話したことで少しだけ残っていた心のつかえが取れました。
もうこの話題をすることはないでしょう。それだけ私にとって凄く大切な時間でした。